達人に学ぶ

第4回 京都の芸妓舞妓の育成と評価−顧客と育成責任者と被育成者の関係性−

超一流のもてなしを提供する場として世界に名だたる京都の花街。古くからの教えやしきたりは、350年という時間の中で受け継がれ、現代に脈々と息づいています。若年層の就労意識低下が問題視される社会とは対照的に、花街では芸妓や舞妓になりたいという若者が年々増加しているといいます。10代半ばで異空間へ飛び込む彼女たちのキャリアはどのように形成されていくのでしょうか―京都の花街の芸舞妓さんたちの世界を研究する神戸大学の西尾久美子先生に、これまであまりクローズアップされてこなかった花街の姿について、お話をお伺いしました。

 

楠田:
なぜ京都の花街の芸舞妓さんたちの世界についての研究を始めたのでしょうか。そのきっかけを教えてください。
西尾:
私の実家は、京都の花街の近くで数代続いた米穀商でした。そのような環境で育ったので、家族で近くのお料理屋などへ出かけた際に、芸舞妓さんたちをよく見かけました。また、幼いころに日本舞踊を習っていたので、伝統文化技能を習い覚える過程や、師匠と弟子といった人間関係については実体験がありました。祖母と一緒に暮らすうちに京都の伝統的な慣習を自然と理解していたこと、そして、女性のキャリアについて興味があったことなども、研究への関心を抱かせたと要因だと考えています。芸舞妓の研究は“世界に通用する研究”だと思っています。
楠田:
では、最初に芸舞妓のキャリア・パスついて、教えてください。
西尾:

芸舞妓には、キャリアの節目がきちんと決められています。例えば、中学卒業直後に花街にきた少女は、約1年間の修業期間(仕込み)と約1カ月のインターンシップ(見習い)を経て、15、6歳で舞妓としてデビューします(見世だし)。舞妓となって4、5年(20歳ごろ)たつと、「衿替え」をして芸妓となるのです。年季(通算約6年)の間は、見習い期間として住み込みで修業するので、給与はありません。年季があけると、芸妓を続ける(自営業者となる)か、引退するかを選択します。現役の芸舞妓である限りは、花街にある技能育成学校(通称:女紅場)に在籍しなければなりません。なお、芸妓に定年はありません。

芸舞妓が働く場所は、“お座敷”と呼ばれています。「お座敷がかかる」とは、この業界で「仕事に行く」ことを指します。 お茶屋の中にあるお座敷という場が成り立つための基本パターンを以下の図で説明します。

あるお客様がいて、その方の馴染みのお茶屋があるとします。そのお客様は「今度、知人を連れて接待をしたい」とお茶屋のお母さんに相談します。すると、お茶屋のお母さんは、いくつかある置屋(芸舞妓が所属するプロダクションのようなところ)から、お客様のお好みに合わせて、例えば、A置屋からBさん、C置屋からDさんをという形で、芸舞妓を選びます。もちろんお料理も同様に、複数のお料理屋、仕出屋の中から、お客様のお好みに合わせて用意をします。それが、一般的なお座敷という場所になります。

花街のお茶屋といえば「一見さんお断り」というフレーズが思い浮かぶと思いますが、実際にその通りで、誰かの紹介がないとお茶屋を利用することはできません。そのために、花街の敷居は高いと一般的に思われています。お茶屋は、置屋から芸舞妓の手配、お料理などの代金をすべて立て替えて、後日、お客様から集金するので、お客様は、財布を持たずに馴染みのお茶屋で遊ぶことができます。そこには確固とした信頼関係があるのです。

もうひとつ花街の慣行で特徴的なことがあります。お客様は「ひとつの花街では、ひとつのお茶屋にしか行くことができない」と決まっているのです。ひとつの花街には、少ないところで10軒ほど、多いところでは70軒ほどお茶屋がありますが、決して他のお茶屋に浮気をしてはいけません。その代わり、置屋もたくさんあるので、芸舞妓はどの置屋から呼んでもいいことになっています。

図:「お座敷」の成り立ち


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